@article{oai:kansai-u.repo.nii.ac.jp:00009550, author = {斉藤, 了文 and Saito, Norifumi}, issue = {2}, journal = {関西大学社会学部紀要}, month = {Mar}, note = {We pick up 7 philosophical issues concerning automotive safety., 実際上、様々な技術的対応だけでなく、社会システムがあって初めて、危険な機械である自動車が使えている。そのうち7つの事例に注目する。ネズミ取りとか飲酒検問などによって、危険な機械を扱う人に対して警告を発して、ドライバーに対して故意による道具の危ない扱い方をしないように促している(第1節)。しかも、自動車事故というのは、自動車を暴走させるということによる事故以上に、出会いがしらの事故などを含んで運転ミスが多い。意図的な行為とも言いにくい場面で、大きな被害を与えることが起こっている。だからこそ、例えば信号機を設置したり、センターラインを描くことによってミスを少なくすることも行われている(第2節)。そして、さらに自動車の衝突安全性など、いわゆる自動車そのものを安全に設計しようということも行われてきている(第3節)。このとき、特徴的なのは、シートベルトとエアバッグである。特に、シートベルトを強制する法律を作ることに関しての議論が過去に存在した(第4節)。もちろん、自動車の安全を考える場合には、自動車そのものに焦点を合わせるだけでなく、その環境であるガードレールなども問題となる(第5節)。これらは、これまで普通に行われてきた安全対策であった。さらに、現在、もしくは近未来に問題になるのは自動運転自動車である。ミスをすることのある人間(ドライバー)がいなくなれば、交通安全は格段に進むと思えるかもしれない(第6節)。最後に、自賠責保険に典型的な保険制度が存在する。実は、これによって事故後、加害者にとっても被害者にとっても、生活設計が何とか維持できることになる(第7節)。このような事例は局所的に見れば、良くある話である。そこに、古くからの哲学的問題、また新たな哲学的問題を見出していく。}, pages = {45--101}, title = {研究ノート 自動車安全を巡る7つの哲学的問題事例}, volume = {46}, year = {2015} }